2005/4/8
ローマ法王の遺言…「謝罪」「対話」「平和」
世界で一番小さな国で、世界で一番大きな葬儀が行われ、世界中のメディアが“偉大なる法王”との別れを伝えました。
8日午前10時(日本時間8日午後5時)すぎ、バチカン市国のサンピエトロ大聖堂の前にラツィンガー枢機卿らが姿を見せると、多くの人々の拍手とともに聖歌が流れ、「史上最大の葬儀」(朝日新聞)が始まりました。
ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は1920年ポーランドに生まれ、67年に枢機卿、78年には法王に選ばれました。イタリア人以外の法王は実に455年ぶり、スラブ人としては初の法王でした。
Asahi.comによると、79年に共産党政権下の母国ポーランドに里帰りし、翌年の「連帯」の発足のきっかけをつくりました。81年にはワレサ議長との会談を実現させ、祖国の解放に大きな役割を果たしました。その後も東欧諸国の解放に尽力し、89年には当時のソ連・ゴルバチョフ議長とも会談、東西冷戦終結を後押ししました。この間、英国国教会と450年ぶりに和解、ギリシャ正教会に対しては十字軍の迫害について「カソリック信徒が正教徒に罪を犯した」と謝罪、エルサレムでは反ユダヤ主義などの過ちを謝罪するなど宗教間の「対話」と「共生」をすすめました。
81年には広島、長崎を訪問。広島では「戦争は人間の仕業です。広島を考えることは核戦争を拒否することです」と世界に対して「軍縮」「核兵器廃絶」を訴え、長崎では隠れキリシタンの苦労を偲び「私は長崎に巡礼にきました。平和のために生き続けよう」と信徒らを励ましました。
最近では健康を害しながらも、イラク戦争に反対し、ギリギリまでアメリカのイラク攻撃を回避するよう尽力したこともよく知られています。
のイラク攻撃の先頭に立ったアメリカのブッシュ大統領、イギリスのブレア首相も葬儀に参列、多くの国から国王、大統領、首相クラスの参列が目立ちましたが、日本はなぜか川口首相補佐官(前外相)が特使として参列したのみ。“靖国”には参拝しても、バチカンには行かない首相の“精神性の低さ”に唖然としました。
こんな調子で、米・英にだけ表面的に“いい顔”してイラク派兵のお付き合いをしているから、お隣の中国、韓国からも信頼されないのです。同じ敗戦国のドイツと比較されて“戦後”処理のまずさを指摘されるのです。ひょっとすると、米・英からも「平和に対する精神性の低さ」を“侮蔑”されているのかもしれません。
敗戦国の日本に必要なのは、ヨハネ・パウロ2世が遺した「謝罪」「対話」の姿勢で「平和」を希求する精神性の高い行動を世界にアピールすることなのだと考えます。
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