2005/6/18

いま子どもたちは・・・問われる大人社会

「いまの子どもたちは大切にされていない」
 「いまの子どもたちは愛されていない」
 「大人に余裕がないんだよね」

『気分は小学生』(岩波書店)など多くの著書がある教育評論家の斎藤次郎さんは厳しい口調でこう語りました。公立保育所の民間移管で保護者らから反対の声があがっている神戸で「いまの子どもたちは何を求めているのか」を学ぼうと、新社会党神戸市議会議員団が主催して公開学習会を開きました。

斎藤さんは大学卒業後、子どもたちの意識調査の仕事をしていましたが、もっと子どもの目線で、子どもたちの本音を聞きたいと熱望して、1995年に青森県の小学校に一年間“留学”したというユニークな経験をしました。その経験を踏まえて、いまの子どもたちは“居場所”がないと語りました。

例えば、昔は学校が終わると決まった“遊び場”があって、そこへ行くと友達がいました。それは路地であったり、駄菓子屋であったり、子どもたちの“たまり場 ”でした。しかしいまはどうでしょうか。塾へ行ったり、家にひきこもってTVゲームに熱中したり、最近の子は「遊ぼう!」ではなく、「遊べる?」と言って学校で遊びの“予約”をしないと遊べない状況が生まれていると斎藤さんは指摘しました。

このように子どもたちは「さびしい」「心細い」「不安」な気持ちになることが多いのに、大人は忙しくて余裕がなく、いつも“監視”の発想で子どもに接してしまい、子どもが何を求めているのかわからなくなってしまって、子どもの人格や人権を無視するようなことになってしまっているのではないかと斎藤さんは語りました。

さらに斎藤さんは「子どもの事件が大々的に報道されるが、大人のほうがよっぽど大きな事件を起しているし凶悪だ」「最近の子はすぐにキレルというが、それはメディアが短絡的に伝えているだけのことで、キレルまでには複雑なプロセスがある」などとメディア批判も展開しました。

まったく同感です。子どもではなく、大人の社会のあり方が問われているのです。

保育所の問題もそうです。公立がいいのか、民間がいいのかという議論をするまえに、いまいったん立ち止まって、ほんとうに子どもたちが幸せ感を持てる保育、親が安心して預けられる保育、保育士が責任を持てる保育について真摯に考え、公民格差のない保育を実現していくのが私たち大人の責任だと思います。