林英夫の考え
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2008/1/17

大震災13年…祈り・夢・希望・平和

1月17日午前5時46分−           

ことしは地元・東灘区の森公園で「あの時」を迎えました。大震災当時、林が住んでいた東灘区森北町のすぐ南の森南など森地区では107人の尊い命が奪われました。

取材をかねて自宅から森南のほうへ行ったところ、見慣れた酒店や民家が全壊して屋根だけになっており、自分の目を疑ったことを思い出します。

区画整理事業などに追われた森地区では、大震災10年の節目の年に慰霊碑が建立され、ことしも遺族らが集まって犠牲者を追悼しました。

蓮の花のように広げた両手で持ち上げられるような形をした慰霊碑には「あの日あの時を忘れたいでも忘れてはいけないいつまでも」という遺族らの想いが刻まれています。

気温は2℃。冷たい北風に、時折小雪が舞うなか、中央区の東遊園地に向かいました。ことしも関電ビルの窓の明かりで「1.17」の文字が浮かびあがっていました。

無念にも大震災で亡くなった6434人を上回る7000本の竹筒が「1.17」の形に並べられ、遺族らがろうそくに火を灯して、手をあわせる姿が見られました。

最愛の人を亡くし、「あの時」のまま心のなかで時間が止まっている人もいると思います。将来を悲観して、去年も自ら命を絶つお年寄りもいました。コンクリートと鉄の扉に囲まれて、近所づきあいもないまま誰にも看取られずに亡くなる「孤独死」もあとを絶ちません。

神戸は人口こそ震災前に戻りましたが、市外に転出した人も多く、一方で市外からの転入者が増えているため、3人に1人は神戸であの大震災を経験していない人たちです。東灘は約44%が大震災を体験していないという神戸市の調査結果もあります。

大震災による家屋全壊で二重ローンに苦しむ人、借りた災害援護資金を返済したくても生活が苦しくて返済できない人、復興住宅に入っても家賃の支払いに苦しんでいる人たちにとって、このところの“格差社会”は生活基盤さえ奪いかねない状況です。

大震災からエトが一巡して、ようやく「生活再建支援法」が見直され、全壊家屋再建などに最高300万円(年齢・収入要件廃止)が支給されることになりましたが、能登半島沖地震や、中越沖地震に適用されるものの、阪神淡路大震災に遡及する内容ではありません。

自然災害をなくす方法はありませんが、被害を小さくする方法はたくさんあります。「減災」の発想が大切です。また災害が起きた場合に、被災者はどう希望をもって生きていけるのか、自助とともに共助、公助の仕組みをしっかり構築する必要があります。

神戸市でも、家屋の耐震補強のための補助制度がありますが、まだまだ利用者は少ないようです。寝室や居間の家具をL字の金具で壁に固定するだけで家具の転倒を防げます。兵庫県の住宅再建共済制度も加入者もなかなか増えません。月額500円の掛け金で最高600万円の住宅再建資金が支給される制度です。

このように自助・共助・公助の仕組みはできあがりつつありますが、「仏つくって魂入れず」では絵に描いたもちになってしまいます。私たちも改めて「減災」意識を高め、いざというときに備える必要があります。「安心・安全」はスローガンではなく、きっちり数値目標をたてて実現させなくてはならない政治課題だと思います。

森公園(神戸・東灘区) 森公園(神戸・東灘区)東遊園地(神戸・中央区) 東遊園地(神戸・中央区)あれから13年… あれから13年…「祈り」「希望」… 「祈り」「希望」…「平和」の文字も… 「平和」の文字も…
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