2009/7/31

国・地方の仕組みを変えよう!問われる市民力

  あの小泉旋風をまき起こした「郵政解散」から4年、この間に安倍、福田、麻生と政権が次々に変わり、いよいよ8月30日には与野党の政権交代をかけた総選挙が行われます。

 今回の総選挙は明治以来続いた“官僚政治”からの脱却、国や地方の仕組みをどう国民・市民本位に変えるかなどが大きな争点になっており、まさに歴史的転換が実現する可能性を秘めた重大な意味を持つ選挙になりそうです。

 こんな政治状況のなかで、神戸市では矢田市長が30日の記者会見で正式に3選出馬を表明しました。6月議会で出馬表明がなかったため去就が注目されていましたが、「少子高齢化、経済危機、地方分権など課題山積のなかで、神戸の発展にむけて引き続き力を尽くすのが使命だ」と“続投”姿勢を強調しました。

 最近の知事選挙や政令市の市長選挙は、民主党が独自候補を擁立して、自・公候補と激戦を繰り広げていますが、先の兵庫県知事選挙のように神戸市長選挙も自民、民主、公明が現職候補を推薦する方向です。

 国の政権選挙と、地方の首長選挙は「統治」と「自治」という面からもその性格は違いますが、いま明治以来続いた中央集権政治が“制度疲労”を起こして、あちこちでほころびが露呈し、地方にまで大きな負担がしわ寄せされているときに、なぜ自・民・公で足並みをそろえた地方自治が実現できるのでしょうか。

 私たち住民投票☆市民力が最大の政策課題としている「住民投票制度」についても、民主党はマニフェストに法制定をうたっていますが、自民党は消極的です。

 これだけをとってみても、地方で自民党と民主党が同じ“与党”として自治を担うのはムリがあることは明々白々です。そうでなければ互いに遠慮したりして、政策的な妥協をせざるを得なくなります。

 国政もそうですが、いまこそ地方も国との関係や、地方自治の仕組みを変革する時期にあると考えます。大阪府の橋下知事のようにハッキリ国にものが言える首長が必要です。自分の自治体だけが発展すればよいというような旧来の行政発想では、市民は幸せになれない時代です。

 地方の自治体は国や府県からいかに予算を取ってくるかばかりを考えるのではなく、もっと広域的な視点で、タテの行政ではなく、ヨコの広がりを持つ姿勢が必要です。

 行政は行政のプロに任せる時代は終わりました。神戸市も市民の協働と参画を行政の柱にしていますが、実質的に市民参画がどう担保されているでしょうか。例えば市民に身近な図書館新設や、駅のバリアフリー化でも、意思決定過程の情報はすべて行政が握っており、市民が知るのは結果のみです。これで「市民参画」を担保したと言えるのでしょうか。

 いま必要なのは役人主導の国政を国民本位に転換し、地方自治は名実ともに市民による市民のための仕組みに変えなければなりません。市民の力が問われています。