世界で初めて原子爆弾が投下されて64年めの夏、ことしもヒロシマとナガサキで核廃絶を訴え、恒久平和を希求する「平和祈念式典」が行われました。
神戸ではことしも原爆被害者の会が主催して、中央区東川崎町のJR神戸駅地下街・デュオこうべギャラリーで「原爆と人間展」を開いています。
今年はアメリカ・オバマ大統領の核廃絶構想の影響もあって、ヒロシマ・ナガサキから世界に向けて強いメッセージが発信された一方で、北朝鮮の核開発への脅威もあってか広島では6日の原爆忌に、あの田母神・航空幕僚長が「ヒロシマの平和を疑う」と題して日本の核武装を強調する講演を行い、心ある人々のひんしゅくを買いました。
「原爆と人間展」は、被害者の会のメンバーを励ます意味でも、毎年訪れていますが、ことしは特に原爆ドームの前にたたずむ“原爆孤児”の姿が目に焼きつきました。
父も 母も 兄弟も 身寄り一人いなくなり その日から食べ物をあさり 野宿し・・・
心を支えてくれる 家庭も ふるさとも すっかりなくなりました
モノクロの写真の下には、こんな辛い詩がそえられていました。映画『はだしのゲン』 を思い出すような一枚の写真でしたが、夏休みの親子連れでしょうか、母親が子どもにむかって「戦争はこわいね」「爆弾でたくさんの人が死んだのよ」などと話をしている姿に、大人の責任を痛感しました。
アメリカでは日本の戦争行為をやめさせるために原爆投下は止むを得なかったという考えの人が多く、そういう世論づくりが行われてきたのだろうと思いますが、もし歴史を戻すことが出来るのなら、日本軍は戦況悪化を知りながら、なぜ7月のポツダム宣言を即刻受諾する“英断”を下せなかったのか、軍部に“終わり”の美学があれば8月の歴史的惨事は回避できたと考えてしまいます。
「原爆と人間展」は8月11日まで開かれています。(入場無料)
●原爆は回避できた…「非戦」の誓いを! (林英夫の考え 2005/8/8)